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最高裁判所第一小法廷 平成6年(オ)1886号 判決

上告人

右代表者法務大臣

松浦功

右指定代理人

細川清

外一一名

被上告人

筥崎政美

右訴訟代理人弁護士

木村達也

今瞭美

伊藤誠一

藤本明

今重一

宇都宮健児

清水洋

横山哲夫

山本政明

神山哲史

長谷川正浩

永尾廣久

加島宏

小松陽一郎

白波瀬文夫

木村哲也

山崎敏彦

山下誠

村上正巳

尾川雅清

田中義信

大橋昭夫

河西龍太郎

安保嘉博

折田泰宏

石田正也

戸田隆俊

蔵元淳

加藤修

鈴木健治

田中清隆

矢田政弘

上野正紀

岡田栄治

大塚武一

椛島敏雅

石田明義

高崎暢

関口正雄

中田克巳

山本行雄

中村宏

石口俊一

原垣内美陽

武井康年

山田延廣

坂本宏一

我妻正規

主文

原判決中上告人敗訴部分を破棄し、第一審判決中右部分を取り消す。

前項の部分に関する被上告人の請求を棄却する。

訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人増井和男、同都築弘、同小磯武男、同稲葉一人、同田村厚夫、同新庄一郎、同都築政則、同垂石善次、同小林勝敏、同増田与一郎、同寒川功一の上告理由について

一  本件は、公証人が違法な内容の公正証書を作成したことにより損害を被ったと主張する被上告人が、上告人に対して、国家賠償法一条に基づき損害賠償を請求する事案である。

二  原審の適法に確定した事実関係は次のとおりである。

1  釧路地方法務局所属公証人甲田太郎は、昭和六二年五月二〇日、債権者の代理人原田照美並びに債務者及び連帯保証人らの代理人橋場弘一の嘱託に基づき、次の内容の準消費貸借契約公正証書(同年第七八七号、以下「本件公正証書」という。)を作成した。。なお、原田照美は、司法書士である橋場弘一の事務所の事務長であった。

(一)  債権者 協同組合北見専門店会(以下「組合」という。)

(二)  債務者 筥﨑利秋

(三)  連帯保証人 被上告人及び飛澤克巳

(四)  債務者は債権者に対し、昭和六二年三月二四日現在において、債権者の加盟店から買い受けた衣類等の買掛代金二六八万二〇四〇円の債務を負担していることを承認し、同日、当事者はこれを同額の消費貸借の目的とすることを合意した。

(五)  元金は、昭和六二年四月から同六四年四月まで毎月三〇日限り(二月は二八日)一〇万〇四三〇円、同年五月三〇日七万〇四三〇円、同年六月から同年七月まで毎月三〇日限り五万〇四三〇円を支払う。利息は年一割五分とし、元金と同時に支払う。遅延損害金は年三割とする。割賦金の支払いを一回でも怠ったときは期限の利益を失う。

(六)  債務者及び保証人は、本証書記載の金銭債務を履行しないときは直ちに強制執行に服する。

2  本件公正証書に記載された準消費貸借契約の旧債務は、立替払債務と貸金債務から成るものであったが、(一) 立替払契約に基づく債務の一部二一〇万三一九五円は割賦販売法三〇条の三の適用があるものであり、(二) 貸金債務二七万二八〇〇円は元本債務のほか年四五パーセント程度の割合による利息債務を含むものであった。

3  本件公正証書が作成された経緯は次のとおりである。

(一)  組合は、組合員の経営する加盟店の商品販売に係る顧客のための立替払業務などを行っていたが、昭和六〇年ころ、顧客が支払を遅滞した場合につき、従来の債務承認弁済契約に代えて準消費貸借契約を内容とする公正証書の作成を嘱託することとし、そのために組合に常備して使用する公正証書作成嘱託委任状の定型用紙の案を作成した。組合は、従来から公正証書の作成嘱託に関する事務を依頼してきた橋場司法書士に対し、右定型用紙案について公証人とも相談して検討することを依頼した。甲田公証人は、橋場司法書士から相談を受けて、右定型用紙案の内容について意見を述べた。組合は、橋場司法書士及び甲田公証人の意見による修正を加えて定型用紙を完成させ、これを使用して公正証書の作成嘱託を行うようになった。右定型用紙には、準消費貸借契約の日付、債務者名、準消費貸借の目的となる債務の額、元金弁済期限並びに利息及び損害金の割合の欄を空白とするほかは、組合の加盟店から買い受けた衣類等の買掛代金を準消費貸借の目的とするなど公正証書の内容となるべき事項がすべて記載され、債権者である組合は原田照美を、債務者及び連帯保証人は橋場司法書士を各代理人と定め公正証書作成を委嘱する一切の権限を委任する旨の記載のあるものだった。

また、甲田公証人は、そのころ、右委任状定型用紙と同じ内容が記載された公正証書の定型用紙を作成した。

(二)  甲田公証人は、右委任状定型用紙案についての相談を受けた際、組合が割賦購入あっせんを業としていることは説明されていたが、組合が貸金業務を行っているとの説明は受けておらず、衣類等の買掛代金と記載された準消費貸借の旧債務の中に貸金債務が含まれることがある旨の説明も受けたことはなかった。

なお、当時、組合が作成していた加盟店の顧客向けの入会案内書には、組合の会員になると分割支払によるショッピングをすること及びキャッシングサービスを受けることができ、キャッシングサービスの実質利率は年四五パーセント程度であることが記載されていたが、甲田公証人が右相談を受けた際に右入会案内書を見たとは認められない。

(三)  被上告人の子である筥崎利秋は、組合に加入し加盟店での買物などをしていたが、昭和六二年一月ころから組合に対する債務を履行期限までに支払うことができなくなった。同人は、同年三月二四日ころ、組合との間で連帯保証人を立てて公正証書を作成することを合意し、被上告人に無断で右委任状定型用紙の連帯保証人欄に被上告人の住所氏名を記載した上被上告人の実印を押捺して本件公正証書作成嘱託委任状のうち被上告人作成名義に係る部分を偽造し、右委任状及び被上告人の印鑑登録証明書を組合に交付した。被上告人は、本件公正証書の作成嘱託の代理権を橋場司法書士に授与したことはなかった。

(四)  組合は、昭和六二年五月二〇日前ころ、本件公正証書作成嘱託委任状並びに筥崎利秋、被上告人及び飛澤克巳の印鑑登録証明書を持参して橋場司法書士らに対して公正証書の作成嘱託を依頼した。この時点において、右委任状には執行認諾条項を含めて公正証書の内容となるべき右1の(一)ないし(六)の各事項がすべて記載されており、委任状中の被上告人の住所の記載は「興部町泉町」から「紋別郡興部町字興部八四一番地五〇」(印鑑登録証明書記載の住所のとおり)に訂正されていた。橋場司法書士らは、そのころ、債権者、債務者及び連帯保証人の各代理人として、甲田公証人に対して右各書類を提出して本件公正証書の作成を嘱託した。甲田公証人は、右委任状及び印鑑登録証明書を審査し、問題がないものと判断し、代理人及び当事者に対して説明を促すなどの調査をせず、右(一)の公正証書の定型用紙を用いて本件公正証書を作成した。

三  被上告人は、本件訴訟において、甲田公証人には、(一) 委任状の被上告人の住所が訂正されていたのであるから、被上告人に対して公正証書作成嘱託の代理権を橋場司法書士に授与したかどうかを確認すべき義務があるのにこれを怠った、(二) 対立当事者の一方の代理人が橋場司法書士、他方の代理人がその事務長であり、実質的に双方代理に当たる場合であるから、双方代理の点について問題がないかどうかを橋場司法書士に対して確認すべき義務があるのにこれを怠った、(三) 準消費貸借契約についての公正証書を作成するのであるから、旧債務の内容を代理人又は当事者に確認すべき義務があるのにこれを怠った、(四) 組合が割賦購入あっせん及び貸金を業務として行っていることを知っていたか、又は知るべき義務があったから、買掛代金と表示された旧債務の中に割賦販売法及び利息制限法の規制を受けるものが含まれないかどうかを代理人又は当事者に確認すべき義務があるのにこれを怠ったという過失があると主張した。

四  原審は、前記事実関係に基づき次のとおり判断して、被上告人の本件請求を四万円の限度で認容すべきものとした。

1  公証人は、提出された委任状その他の書類、当該公証事務処理及びそれ以前の事務処理の過程で知った事実、事例によってはこの過程において知るべき義務のあった事実等により審査し、法令違反の存在、法律行為の無効等の疑いが生じた場合には、当事者等に必要な説明を求めるなどして、違法な公正証書を作成しないようにすべき義務がある。

2(一)  被上告人は、本件公正証書の作成嘱託を橋場司法書士に委任していないから、本件公正証書のうち被上告人に関する部分は無効である。

(二)  割賦販売法三〇条の三の適用のある債務を旧債務とする準消費貸借契約についても同条は適用されると解すべきであるから、本件公正証書のうち旧債務を前記二2(一)の立替払契約に基づく債務とする部分についての利息年一割五分、遅延損害金年三割の約定は、同条に違反する。

(三)  本件公正証書のうち旧債務を前記二2(二)の貸金債務とする部分について、既払利息のうち利息制限法に違反する部分の元本充当計算を行わずに準消費貸借契約における元本とした点には、存在しない債務を消費貸借の目的とした違法がある。

3(一)  委任状における被上告人の住所が訂正されていたからといって甲田公証人に被上告人に対して公正証書作成嘱託意思を確認すべき義務があったとはいえない。

(二)  甲田公証人に提出された本件公正証書作成嘱託委任状には執行認諾条項を含めて公正証書の内容となるべき事項がすべて記載されていたのであるから、双方代理の点について問題がないかを橋場司法書士に対して確認すべき義務があったとはいえない。

(三)  準消費貸借契約公正証書は旧債務が他の債務と識別できる程度に具体的に特定されて表示されることが必要であるから、甲田公証人は、委任状の定型用紙の内容について相談を受けた際、組合から前記二3(二)の入会案内書等の資料を提出させるなどして組合と顧客間の取引の形態を把握する義務があり、右義務を履行していればその過程で組合の割賦購入あっせん業務の内容を把握することができ、さらに、本件公正証書の作成嘱託を受けた際には委任状に記載された「組合の加盟店から買受けた衣類等の買掛代金」に割賦販売法三〇条の三の規制を受ける立替払契約に基づく債務が含まれているかを確認することにより同条に違反する公正証書を作成することを避けることができたものであって、この点において過失を免れない。

(四)  甲田公証人は、組合が貸金業務を行っていることを知らず、委任状の定型用紙案の相談を受けた際に「組合の加盟店から買受けた衣類等の買掛代金」に貸金債権も入る旨の明示的説明を受けたこともないことからすると、公証人の審査権限に照らし、委任状の定型用紙案の相談を受けた際にも本件公正証書の作成嘱託を受けた際にも、買掛代金の中に貸金債権が含まれていないかどうかを積極的に確認すべき義務があったとはいえない。

4  よって、上告人は、被上告人に対し、右3(三)の甲田公証人の過失により被上告人が被った損害(組合に対する請求異議訴訟等の弁護士費用のうち三万円及び慰謝料一万円)を賠償すべきである。

五  しかしながら、原審の右四の2並びに3の(一)、(二)及び(四)の判断は是認することができるが、その余の判断は是認することができない。その理由は次のとおりである。

1  公証人法(以下「法」という。)は、公証人は法令に違反した事項、無効の法律行為及び無能力により取り消すことのできる法律行為について公正証書を作成することはできない(二六条)としており、公証人が公正証書の作成の嘱託を受けた場合における審査の対象は、嘱託手続の適法性にとどまるものではなく、公正証書に記載されるべき法律行為等の内容の適法性についても及ぶものと解せられる。しかし、他方、法は、公証人は正当な理由がなければ嘱託を拒むことができない(同法三条)とする反面、公証人に事実調査のための権能を付与する規定も、関係人に公証人の事実調査に協力すべきことを義務付ける規定も置くことなく、公証人法施行規則(昭和二四年法務府令第九号)において、公証人は、法律行為につき証書を作成し、又は認証を与える場合に、その法律行為が有効であるかどうか、当事者が相当の考慮をしたかどうか又はその法律行為をする能力があるかどうかについて疑いがあるときは、関係人に注意をし、かつ、その者に必要な説明をさせなければならない(一三条一項)と規定するにとどめており、このような法の構造にかんがみると、法は、原則的には、公証人に対し、嘱託された法律行為の適法性などを積極的に調査することを要請するものではなく、その職務執行に当たり、具体的疑いが生じた場合にのみ調査義務を課しているものと解するのが相当である。したがって、公証人は、公正証書を作成するに当たり、聴取した陳述(書面による陳述の場合はその書面の記載)によって知り得た事実など自ら実際に経験した事実及び当該嘱託と関連する過去の職務執行の過程において実際に経験した事実を資料として審査をすれば足り、その結果、法律行為の法令違反、無効及び無能力による取消し等の事由が存在することについて具体的な疑いが生じた場合に限って嘱託人などの関係人に対して必要な説明を促すなどの調査をすべきものであって、そのような具体的な疑いがない場合についてまで関係人に説明を求めるなどの積極的な調査をすべき義務を負うものではないと解するのが相当である。

そうすると、原審の判断のうち、(一) 公証人の知らない事実についてその職務執行の過程で知るべきであったとした上、右事実に基づき法令違反等の疑いが生じる場合にも当事者に必要な説明を求める注意義務があるとした点(前記四1)、(二) 甲田公証人が委任状の定型用紙案の相談を受けた際に前記入会案内書等の資料により組合の割賦購入あっせん業務の内容を知るべきであり、かつ、知ることができたことを前提に、同公証人には本件公正証書の作成嘱託を受けた際に旧債務に割賦販売法三〇条の三の規制を受ける債務が含まれているか否かを確認する義務があるとした点(前記四3(三))は、是認することができない。

2  そこで本件における甲田公証人の過失の有無について判断するに、前記事実関係の下においては、本件公正証書作成嘱託委任状における準消費貸借の旧債務の記載が債務の特定として不十分であるとはいえないから甲田公証人が旧債務の内容について調査を尽くすべきであったとはいえないし、また、右委任状の「組合の加盟店から買受けた衣類等の買掛代金」の記載から本件準消費貸借の旧債務の中に割賦販売法三〇条の三の規定の適用を受ける立替払契約に基づく債務が含まれているという具体的な疑いが生じるとまではいえないから、法定利率を超える割合による遅延損害金等の定めが記載されているからといって本件準消費貸借契約が同条に違反するという具体的な疑いが生じたということもできないのであって、他に同条違反の具体的な疑いが生じるような事情も認められない本件においては、同公証人に同条違反の点について関係人に必要な説明を促すなどの調査をすべき注意義務があったということはできない。

原審の判断には法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、以上の説示によれば、本件公正証書作成に関して甲田公証人に被上告人主張の過失があったとは認められないから、被上告人の請求は全部棄却すべきである。

よって、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官井嶋一友 裁判官小野幹雄 裁判官高橋久子 裁判官遠藤光男)

上告代理人増井和男、同都築弘、同小磯武男、同稲葉一人、同田村厚夫、同新庄一郎、同都築政則、同垂石善次、同小林勝敏、同増田与一郎、同寒川功一の上告理由

原判決は、本件公正証書の作成に当たり、公証人甲田太郎(以下「甲田公証人」という。)に注意義務を怠った過失があるとし、上告人の国家賠償法(以下「国賠法」という。)一条一項に基づく責任を認めた。しかし、原判決の判断過程には、以下のとおり、公証人法(以下「法」という。)二六条、公証人法施行規則(以下「規則」という。)一三条一項の解釈適用の誤り、ひいては国賠法一条一項の過失についての解釈適用の誤りがあり、この違法は判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一 原判決の判断

1 原判決は、公証人が公正証書を作成するに当たっての注意義務につき、「公証人は、債権者から提出された委任状その他の書類に基づいて審査し、法令違反の存在、法律行為の無効等の疑いが生じた場合はもちろん、当該公証事務処理及びそれ以前の事務処理の過程で知った事情等から法令違反の存在等の疑いが生じた場合においても、債権者等に必要な説明を求めるなどして、違法な公正証書を作成しないようにする義務があると解する(公証人法二六条、同法施行規則一三条一項)。」(原判決の引用に係る一審判決書三一枚目裏一〇行目から三二枚目表三行目まで及び原判決一四枚目裏四行目)と判示する。

そして、原判決は、「公証人は公証人法及び同法施行規則において、公正証書作成にあたり作成嘱託が本人の意思に基づくものなのか、原因となる法律行為が有効であるかなど、一定の事項、範囲について審査する義務を負っているのであるが、積極的な調査権限についての定めを置いていないこれらの規定の上からは、この審査は基本的には形式的審査の限度に止まる」(原判決一四枚目裏六行目から同一〇行目まで)としながら、さらに、「形式的審査とはいえ、…公証人が当該嘱託に先立つ時点において職務上知った事実、事例によってはこの過程において知るべき義務のあった事実等もこの審査における資料とすべき場合もあり、このように解することが、前記公証人法及び同法施行規則が各規定するところを超える義務を公証人に課すること」にはならない(原判決一五枚目表三行目から同九行目まで)とする。

2 そして、原判決は、「甲田は、控訴人組合が割賦購入あっせんを業としていることを知っていたこと」、「甲田は、昭和六〇年ころ控訴人橋場から相談を受け、同控訴人と検討した上、本件公正証書作成嘱託の際にも使用された委任状の定型用紙の内容を定めた」こと及び「甲田は、控訴人橋場から右相談を受けた時点で、右委任状の定型用紙は、控訴人組合が支払を遅滞した顧客との間に準消費貸借契約を締結し、それに基づく約定について、控訴人橋場及びその従業員が控訴人組合及びその顧客のそれぞれを代理して甲田に債務名義となる公正証書の作成を嘱託するためのものであり、右委任状の形式が確定し次第、右定型用紙の委任状を印刷し、これを使用して今後継続的に控訴人橋場に公正証書の作成嘱託を依頼し、同控訴人は甲田にその作成を依頼する意向であることを認識していた」こと等を認定した上、「準消費貸借契約公正証書は、準消費貸借の目的となった債権が他の請求と識別できる程度に具体的に特定して表示されることが必要であるから、甲田としては、右委任状の定型用紙の内容を定めるに当たり、控訴人組合担当者から前記入会案内書や入会申込書等の資料を提出させるなどして控訴人組合の顧客との取引の形態を把握する義務があり(なお、厳密にはこの義務自体は、…公証人が公正証書作成という固有の事務…に関連して行う周辺業務における注意義務である。)、かつ、そのこと自体極めて容易なことであった」、したがって、「甲田が右義務を履行していたとすれば、…本件委任状に記載された『債権者の加盟店から買受けた衣類等の買掛代金』に割賦販売法三〇条の三の規制を受ける立替金が含まれているかを確認することにより、割賦販売法に違反する公正証書が作成されることを避けることができた」(原判決一五枚目表一一行目から一六枚目裏二行目まで)と判示する。

二 公証人の審査義務の前提となる事務の範囲

原判決は、公証人の審査義務の前提となる事務の中には公正証書の作成という固有の事務に関連して行う周辺業務も含まれるという。しかし、原判決がいう「周辺業務」の範囲は必ずしも明らかではない。

1 公証人は、公正証書の作成、認証の付与のみにより手数料等を受けることができる(法七条)が、それ以外に、例えば公証相談といわれるものも適法にすることができる。その内容としては、①公正証書の作成を嘱託する手順、必要書類、期日、時間、手数料等の手続問題及び公正証書にすることができる事項、行為能力、代理、公正証書の効力等の実体問題に関して一般的な説明を求めるもの、並びに②公正証書の作成を嘱託することを前提として、その内容について相談を受けるもの(法律行為の内容が確定している事項について判断、意見等を求めるもの及び法律行為の内容を決定する際に意見を求めるもの)とがある(蕪山巌「公証業務から見た隣接職域との交渉関係」公証九五号三〇ページ以下)。

ところで、右のような公証相談は、いずれも公証人の義務として行われるものではなく、報酬を伴わない単なるサービスとして行われるものであるから、原判決が指摘するように、右公証相談において、公証人に対し、一定の事実について知るべき義務を課すことはできない。けだし、仮に公証相談において公証人に一定の事実を知るべき義務を課するならば、公証人は、一定の事実を知るべき義務(その義務の範囲は明確とはいえない。)を果たすために相談の内容以外の部分にも立ち入って質問せざるを得ないこととなるところ、そもそも公証相談は、相談者側の必要に応じて任意に行うものである上、狭義の公証業務とのかかわりも濃淡種々様々であるから、質問の範囲を適切に限定することは実際上不可能であり、また、公証人は、本来、相談者に対し一定の事項について回答を求める権限を有しないのに、必要以上に相談者側の事情をせん索するなどの弊害が生じかねないが、このことは、後記三1(一)で指摘する公正証書制度の趣旨に反することになるからである。

これを本件事案に則してみるに、原判決は、甲田公証人は、昭和六〇年ころ司法書士橋場弘一と相談して、協同組合北見専門店会の委任状(定型用紙)の内容を定めるに当たり、同組合(担当者)から入会案内や入会申込書等の資料を提出させるなどして同組合の顧客との取引の形態を把握する義務があるとする。しかし、原判決が適法に認定した事実によれば、甲田公証人は、司法書士橋場弘一から、本件委任状の内容に近い素案を示され、同組合が以後使用する定型の委任状として何か問題があるかという抽象的な相談を受けたというにとどまるのである。このように、相談の趣旨が明らかでなく、それが単なる表現や字句の是非を問うものであることも十分あり得るのに、甲田公証人が同道していない同組合(担当者)に対し、顧客との取引の形態を把握するため資料の提出を求める義務を負うことなどあり得ない。また、甲田公証人が右相談の段階で原判決の指摘する入会案内書や入会申込書の存在を認識していたことを認めるに足りる証拠はないから、この点においても甲田公証人にその提出を求める義務があるとする原判決は不当である。結局、原判決は、甲田公証人に対し、法的な根拠のない、しかも不可能な義務を課したこととなる。

2 なお、原判決は、右義務が発生する根拠として、「準消費貸借契約公正証書は、準消費貸借の目的となった債権が他の請求と識別できる程度に具体的に特定して表示されることが必要である」という理由を示している。

しかし、前記公証相談の際甲田公証人に示された準消費貸借契約公正証書作成嘱託の委任状(定型用紙)における旧債務の表示は所せん定型用紙上の表示にすぎず、それが実際に使用される段階で旧債務を特定するための記載が更に付加されることもあるし、前記公証相談の時と右委任状(定型用紙)が実際に使用された時との間には約二年の間隔があったから、甲田公証人が右の公証相談の段階で、協同組合北見専門店会と顧客との取引の形態を把握する義務があるということはできない。

また、準消費貸借契約は常に公正証書を作成することによって締結されるとは限らないが、準消費貸借契約が公正証書を作成することによって締結される場合に、その公正証書にどの程度まで旧債務を表示すべきかは、一個の問題である。しかし、その場合に旧債務の表示が要求されるのは、契約当事者間において当該請求権と他の類似の請求権とを識別するためであるから、当該公正証書における旧債務の表示も、他の請求権と識別できる程度に特定されれば足りる。これをより具体的に述べれば、①準消費貸借契約における当事者最大の関心事は、その時における旧債務の額であること、②裁判実務では、継続的取引契約に基づく小口の売掛代金請求訴訟等において、売買の明細を個別的に明らかにしなくても特定を欠くとはされていないことなどを考えると、複数の旧債務の発生原因やその成立時期を逐一明らかにする必要はなく、準消費貸借契約時における旧債務の合計額及び代表的な旧債務の種類を表示すれば、旧債務の特定として足りる(倉田卓次「準消費貸借契約における旧債務の存否に関する立証責任」民商法雑誌五九巻二号三一三、三一四ページ、近藤浩武「公証人関係国賠訴訟判決の報告(二)」公証一〇四号八二ページ)。逆にいえば、公証人は、右の程度を超えてまで旧債務を特定しなければならない義務はない。原判決も、本件公正証書の「昭和六二年三月二四日現在において債権者の加盟店から買受けた衣類等の買掛代金弐百六拾八萬弐阡四拾円の債務」という表示は、「辛うじて昭和六二年三月二四日現在における控訴人組合の立替金債権ないし譲受債権の総額を表示していると解することが可能であるから、請求権の同一性を欠くとまで解することはできない。」(原判決の引用に係る一審判決書二四枚目裏六行目から八行目まで及び原判決九枚目裏九行目から一一行目まで)として、旧債務の特定について欠けるところはないと判断している。

そうすると、これらの点にかんがみても、旧債務の特定を根拠として、甲田公証人に前記組合と顧客との取引形態を把握する義務があるということはできない。原判決の前記説示は、その前提において十分な論拠がないから、失当として排斥を免れない。

三 公証人の審査義務の前提となる資料の範囲

1 原判決は、法二六条と規則一三条一項に基づき、公証人が公正証書の作成に当たって尽くすべき審査義務の前提となる資料には当該公証事務処理以前の事務処理の過程で知った事情も含まれるとする。

しかしながら、公正証書を作成する公証人の審査資料は、公証事務を処理する際の当事者の陳述及びその提出資料に限定されると解するのが相当である。その理由は以下のとおりである。

(一) 公証事務の法的性格

そもそも公証人は、紛争解決のための判断機関でもなければ、調停機関でもなく、契約締結等の事実を形式的に証明する機関にすぎない。また、公証人の行う公証行為は、行政機関が「特定の事実又は法律関係の存否を公に証明する行為」(田中二郎・新版行政法上巻全訂第二版一二四ページ)の一部であり、関係者間において争いのない私法上の権利に関係する事実又は法律行為等につき、公証機関としての認識を表示する証明行為である(法三五条参照)。そして、法は、公証人が当事者間において争いのない契約締結行為を認識し、これを形式的に証明する制度(契約公正証書制度)を設けることにより、国民に対し簡易迅速に公正証書(民事執行法二二条五号にいう執行証書を含む。)等を取得することを可能としているのである。法もこの趣旨にのっとり、「公証人ハ正当ノ理由アルニ非サレハ嘱託ヲ拒ムコトヲ得ス」(三条)として、公証人に嘱託受諾義務を課している。

そうすると、仮に審査資料の範囲を当事者の陳述及びその提出書類に限定することなくあえてこれを拡大するならば、公証人に過大な負担を課すこととなり、そのため公証事務が停滞して取引の円滑が害され、ひいては公証制度の根幹を揺るがすことにもなりかねない。

ちなみに、本件の発生した昭和六二年当時の公証人の現在員数と全国の契約公正証書作成件数をみると、前者は五〇四名である(日本公証人連合会・公証制度百年史六〇八ページ)のに対し、後者は二〇万件を超えている(「法律行為の種別による件数比較表」・公証一〇五号二四〇ページ)。これに加えて、公証人は、契約公正証書以外の法律行為に関する公正証書作成件数約八〇万件のほか、私権に関する公正証書の作成、認証、執行文の付与、送達、確定日付等の多数の事務を処理しており、公証人の業務は相当多忙であるといわなければならない。

(二) 法二六条に基づく審査資料の範囲

法二六条は、「公証人ハ法令ニ違反シタル事項、無効ノ法律行為及無能力ニ因リテ取消スコトヲ得ヘキ法律行為ニ付証書ヲ作成スルコトヲ得ス」と規定しているが、これは、公証人が作成した公正証書は法的に瑕疵のないものであるという信頼を国民に保持させ、かつ、公正証書中の瑕疵ある法律行為が無効とされ又は後日取り消されることによって関係者に無用の負担をさせないため、公証人に対し、違法な公正証書を作成しないように審査権限を付与すると同時に、審査義務を課したものと解されている。(岩本信正・条解公証人法三六、三七ページ)。

そして、右公正証書を作成する場合の審査資料は、録取されるべき「本旨」(法三六条)に対応する当事者の「陳述」(法三五条)である。

もっとも、右の当事者の陳述は、民法九六九条のように、本人の公証人に対する口述ないし口授が要求されるわけではないから、書面によってこれをしても差し支えない(法三二条。なお、原島克巳「公証人の審査義務の範囲」判例タイムズ八二五号七一、七二ページ参照)。

右のように、公正証書に法三六条にいう「本旨」を記載するために必要なのは当事者の陳述だけであって、当事者に陳述を裏付ける資料の提出が義務付けられているわけではない。したがって、公証人が法二六条に基づいて行う審査の資料は、当事者の陳述及びこれと同視される提出書類に限定されることになる。このように解するのが法三五条の文理にも合致する。

(三) 公証人の資料収集の権限の不存在

公証人には、当事者の陳述とその提出書類以外の資料を収集する手段が与えられていない(奥村正策「公正証書に関する総合的研究」司法研究報告書一三輯一号一四三ページ)。すなわち、公正証書を作成する際、公証人は、人違いでないことを証明するための印鑑証明書(法二八条二項、三一条)、代理人の権限を証明する委任状とその委任状の真正を証明するための印鑑証明書(法三二条一、二項)、第三者の許可又は同意を証明する証書(法三三条)等の書類を提出させ、さらに、法三五条に定める陳述を録取した上、一定の手続を履践してその旨を証書に記載することとされている(法三九条一項、三項)。しかし、これらの提出書類と当事者の陳述以外に、公証人には、民訴法一三一条(裁判所の釈明処分)、二六二条(調査の嘱託)、三三六条(職権による当事者本人尋問)などの事実を調査する権限が認められていない。そして、法は、このように公証人の審査資料の範囲を当事者の陳述及びその提出書類に限定して、公証人が公正証書を迅速に作成することを意図しているのである。

(四) 公証人の説明等を求める権限及び義務(規則一三条一項)

確かに、規則一三条一項は、「公証人は、法律行為につき証書を作成し、又は認証を与える場合に、その法律行為が有効であるかどうか、当事者が相当の考慮をしたかどうか又はその法律行為をする能力があるかどうかについて疑があるときは、関係人に注意をし、且つ、その者に必要な説明をさせなければならない。」と規定している。したがって、公証人には、関係人に注意をしたり、説明を求める権限及び義務がある。

しかし、右の説明等を求める権限ないし義務は、文言上明らかなように、法律行為の有効性等を審査するに当たり「疑いがあるとき」に行使すべきものであって、公証人が公正証書を作成するに当たって通常審査の対象とすべき資料は、あくまで前記の当事者の陳述及びその提出書類のみである。

(五) 違法な公正証書に対する救済方法との関係

公正証書に記載された法律行為の法令違反等の有無は、最終的には、判決によって確定する。すなわち、公正証書に対する請求異議の訴えについては、民事執行法三五条二項のような異議事由の制限が設けられておらず、公正証書に表示する請求権が当初から不成立であることをも異議事由とすることができる(中野貞一郎・民事執行法(第二版)二一一ページ、旧法に関するものとして、菊井維大・強制執行法(総論)七一ページ)。そうであるとすれば、法は、公証人が、公正証書を作成する際、当事者の陳述やその提出書類以外の資料を積極的に収集した上、法律行為の有効性等について判断すべきものとしているのではなく、当事者の陳述及びその提出資料に基づいて法律行為の有効性等を判断すれば足りるとしていると解される。

(六) 公証実務の運用

現実の公証実務においても、簡易迅速性の要請が働き、公証人が公正証書を作成する際、その審査資料は当事者の陳述及びその提出資料に限定されているが、そのことが公証制度を利用する上であい路となっているとは考えられない。すなわち、公証人の審査資料を当事者の陳述及びその提出資料に限定しても、一般的には法律行為が有効である場合の方が圧倒的に多く、違法な公正証書が作成されるおそれは少ない。いわんや違法な公正証書に基づき、実際に強制執行がされるという事態はまれである上、これに対する救済手段もあるから、実際上の不都合は生じない。

仮に、審査資料の範囲を当事者の陳述とその提出書類に限定することなく、公証人が当該公証事務処理以前の事務処理の過程で知った事実をも右資料に加えるとするならば、当該公証人の職務経験には個人差があるので、担当する公証人がだれであるかによって、審査資料の範囲が異なることとなる。しかし、これでは、同じ国家機構である公証人の審査資料の範囲が区々になるので相当ではないし、ひいては公証制度における簡易迅速性の要請にも反することになる。

2 しかるに、原判決は、前記のとおり、公正証書の作成に当たり、公証人が当該公証事務処理以前の事務処理の過程において知るべきであった事実等も審査資料の範囲に含まれるとしている。しかし、右の解釈は、次の理由により到底採用できない。

(一) まず、原判決が当該公証事務処理以前の事務処理の過程で、公証人が一定の事実を知るべき義務があったとする法的根拠が明らかではない。法二六条、規則一三条一項の規定は、その文理から明らかなように、当該嘱託に係る公正証書を作成する際(あるいは私署証書等に認証を与える際)の審査義務を定めたものであって、それ以前の事務処理の過程で一定の事実を知るべき義務があり、当該事実を公証事務処理の審査資料として利用すべきであるという根拠にはならない。その他右業務の根拠となる規定はない。

(二) 仮に、当該公証事務の処理に当たり、それ以前の事務処理の過程において知るべき義務のあった事実等も審査資料に含まれるとすると、その資料の範囲は極めて広がるばかりか、公証人が認識していない事実を認識すべきであったとしてその義務違反を論ずることになるが、そうすると、規則一三条が、公証人において当該審査資料から「疑があるときは、」関係人に注意をし、かつ、その者に必要な説明をさせなければならないとした趣旨、つまり、公証人が当該審査資料から現に認識している事実を前提に説明等を求める権限ないし義務を課している趣旨に反することになる。

四 公証人の公正証書作成に当たっての過失の有無

1 前記のとおり、公証人の審査資料が当事者の陳述及びその提出資料に限定されると解した場合、甲田公証人に過失がないことは明らかである。

すなわち、本件は代理人によって公正証書の作成が嘱託されたから、甲田公証人の審査資料は、債権者協同組合北見専門店会、債務者筥崎利秋、連帯保証人被上告人ほか一名間の公正証書の作成を嘱託する委任状(甲第五号証)と印鑑証明書(乙第九号証)に限られる。

これらによれば、甲田公証人は、本件公正証書を作成するに当たり、昭和六二年三月二四日現在における債務者筥崎利秋が債権者組合の加盟店から買い受けた買掛代金二六八万二〇四〇円の債務を、同額の準消費貸借の目的とする内容の公正証書の作成の嘱託を受けたことになる。そうだとすると、甲田公証人において、右買掛代金の中に、割賦販売法三〇条の三の規制が働く取引が含まれており、その結果右準消費貸借契約は強行法規に反するというような疑いを持つことはあり得ない。

したがって、本件公正証書を作成するに当たり、甲田公証人に説明等を求める義務が生ずる余地はなく、過失もないこととなる。

2 仮に、公証人の審査資料について、当事者の陳述及びその提出資料に加え、職務上知った事実(当該公証事務処理以前の事務処理の過程で知った事情)も含むという解釈に立った場合でも、本件の場合、甲田公証人に過失はない。

すなわち、原判決の認定した事実のうち、いかなる事実が職務上知った事実に該当するかは判然としないが、仮に、右の職務上知った事実が「控訴人組合が割賦購入あっせんを業としていること」であるとすると、甲田公証人にとって、本件公正証書の作成に当たり割賦販売法三〇条の三違反の有無を審査する資料となるのは、右事実並びに本件委任状及び印鑑証明書となる。

ところで、割賦販売法三〇条の三の規定は、購入者の保護を図るための強行法規であり、その潜脱は安易に認められるべきではなく、原則としてあっせん当初の契約に限られず、これに基づく新たな契約にも適用されると解することもできるが、準消費貸借契約においては、当事者が旧債務と全く同一性のない債務を成立させることも可能である(我妻榮・債権各論中巻一・三六七ページ、谷水央=木下順太郎「準消費貸借金返還請求訴訟における抗弁」裁判実務大系一三巻二四一ページ)。また、本件の昭和六二年当時、日本公証人連合会法規委員会の協議結果においても、新債務につき割賦販売法三〇条の三の制限の適用があるかどうかは、新旧両債務の同一性の有無にかかり、新旧両債務の同一性の有無は当事者の意思によるという見解が採られていた(公証七六号一四八ページ)。そうすると、準消費貸借契約を締結した場合に、割賦販売法三〇条の三の規制の適用を受けないと解する余地は十分あり、現に甲田公証人もそのように理解していた(同人の証人調書三一、三二ページ)のであって、これを非難することはできない。

しかも、当該取引が割賦販売法三〇条の三の適用を受けるには、弁済の期間、回数・商品の種別等について一定の要件を具備しなければならず、その要件を具備しないため同条の適用を受けない取引も相当ある。

また、割賦販売法三〇条の三の適用を受ける取引は、同法二条三項に規定する「割賦購入あっせん」に該当する取引のうち、一号(総合方式)又は二号(個別方式)の方法により指定商品を購入する取引である。したがって、一号の(総合方式)の方法による取引のうち指定商品以外の商品や役務を対象とする取引及び三号(リボルビング方式)の方法による取引には適用がない(通商産業省産業政策局消費経済課編・昭和五九年改正による最新割賦販売法の解説一〇四ページ、最高裁判所事務総局編・消費者信用関係事件に関する執務資料(その二)九四ページ)。そうすると、筥崎利秋が協同組合北見専門店会に対し買掛代金債務を負担しているからといって、直ちに甲田公証人が同条の適用を受ける取引であると判断すべきであるということもできない。

さらに、規則一三条一項は、「公証人は、…その法律行為が有効であるからどうか…について疑があるときは、」説明等を求めなければならないと規定するが、準消費貸借契約公正証書を作成するに当たり、旧債務に関し利息制限法違反や割賦販売法違反の可能性がある程度では右の「疑がある」と解することはできない。けだし、この程度の一般的、抽象的疑いを右の「疑」に当たるとして、公証人が説明等を求めなければならないとすると、公証事務における簡易迅速性の要請に反するのみならず、公証人に実質的審査権限を行使させるのと同様になるからである。本件の場合、前記資料から、旧債務が「割賦購入あっせん業を営む控訴人組合が顧客に対して有する買掛代金」であることが理解できるにすぎない。すなわち、本件の場合、旧債務は買掛代金であり、この中に割賦販売法三〇条の三の規制を受ける取引が含まれている抽象的ながい然性を否定することはできないが、それを超えて、甲田公証人が右買掛代金に割賦販売法三〇条の三違反の取引が含まれているという具体的な疑いを持つことを期待することはできない。

さらに、本件は、司法書士橋場弘一の下で働いていた事務長が代理人として公正証書の嘱託をした事案であって、甲田公証人が公証人役場に出頭していない当事者に対し直接説明を求めることは不可能であるから、過失の前提となる結果回避の可能性もない。

したがって、甲田公証人は、本件公正証書作成の際に、旧債務の中に割賦販売法三〇条の三の規制を受ける取引が含まれているという疑いをもつことができない(右の推論自体は原判決も当然の前提としている。)し、また、説明等を求める権限を行使して割賦販売法に違反する公正証書が作成されることを避けることもできなかったから、甲田公証人には過失は認められない。

五 結論

以上によれば、甲田公証人には過失は存しないものというべきであり、同公証人に過失があるとする原判決の判断は、法令が予定しない注意義務を同公証人に課するものであって、法二六条、規則一三条一項の解釈適用を誤ったものというべきであり、ひいては国賠法一条一項の過失についての解釈適用を誤ったものであり、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。よって、原判決は破棄を免れない。

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